第六感が教える「漠然とした不安」の正体

2017/03/30

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漠然とした不安が起こるとき、心の中では何が起きているのだろう。

理由が分からない不安は、潜在意識からのメッセージ。
何かの"度が過ぎている"サイン。

なぜか分からないが不安になるときは、黄色信号を見逃しているとき。

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漠然とした不安を感じるとき潜在意識は"何かが行き過ぎている"と語る

第六感からのメッセージは、普通、言葉に変換されない。
いわゆる本物の霊能力者などにだけ翻訳できる謎の言語のようなものだ。

たとえば敏感な人の中には携帯電話が電波を受信する瞬間を感じることができる者がいるが、その電波で送受信されている文章や映像までは分からないように。
たとえば夢が見せる潜在意識の世界はすべてが暗示的で、解釈しなければ意味が分からないのと同じように。

漠然とした不安を感じる状態とは、第六感がざわざわと警告を発しているとき。
その内容をシンプルに言語変換するなら、「何がが行き過ぎている」

車を運転しているときスピードを出しすぎれば恐怖を感じる。それが本能だ。
同じように、どこかの部分で度が過ぎている部分があると不安や焦燥感が出てくる。

分かりやすい"がんばりすぎ"なときだけでなく、自分では気づきづらい"行き過ぎ"があるから、理由の分からない不安が起こるのだ。

潜在意識が不安のサインを送り出す"行き過ぎ"とは

もっとも分かりやすい"行き過ぎ"は、「がんばりすぎですよ」。
仕事のし過ぎや、人に尽くし過ぎているとき。
自分の仕事ぶりを周囲の人と比較したり、成績、売り上げなどを基準に考えてしまうと、"あなたの"許容量を超えていることに気づけなくなる。

仕事のがんばりすぎと似たことで、夢の実現のための行動もやり過ぎてしまっているときは漠然とした不安がわいてくるものだ。
なぜなら、そこにはかならず"焦り"があるからだ。焦るということは、アクセルを踏ん張り過ぎているということだ。

次に、婚活。結婚への焦りが漠然とした不安の理由になる。
早く相手を見つけなければ。
今の恋人と早く結婚しなければ。
もっと自分磨きをしなければ。
婚期を逃してはならないという焦燥感が、自分でも気づかないうちに行動や思考に出てしまい、度を過ぎ、不安に変わる。

そして、思想の偏り。執着。考え方の固着。こだわり。視野狭窄。
健全な思考とはなんだろう? ――視野が幅広く、かたよりがないことだ。
かたよった思想は妄信を生む。妄信はさらに思想を偏らせる。
そして周りが見えなくなったとき、あなたの第六感は不安のサインを発してバランスをとろうとするのだ。「行き過ぎですよ」――と
スピリチュアルなメソッドを活かして人生を豊かにしようとする私たちは、いつもこのことに気をつけていたいですね。

結局、適度に立ち止まったほうが早く目的地にたどり着ける

あなたが潜在意識の声に耳をかたむけるなら、結局、適度に立ち止まったほうが願望実現が早まる。
宇宙の意思は、あなたが無理することを望んではいない。

第六感のサイン=漠然とした不安を感じたときは、立ち止まろう。
意識してブレーキを踏もう。勇気を持って減速しよう。

焦るからやり過ぎる。やり過ぎるから不安になる。不安になるから焦る。そして失敗する。
そうならないように、漠然とした不安を感じたら徐行運転に切り替えよう。

人生は、宇宙の法則という信号機で整備された道。
信号と信号の間でどれだけアクセルをふかしても、結局、目的地までの所要時間は変わらない。
むしろ、適切にブレーキとアクセルを使い分けたほうが目的地=願望実現に早くたどり着けるものだ。

減速すれば、ヒントに気づける。
減速すれば、事故を防げる。
減速すれば、流れに乗れる。
寄り道すれば、思わぬ近道や美しい景色、楽しい出合いに導かれる。

理由が分からない不安を感じたときは、なにか度を過ぎている部分がないか自分の心を観察してみよう。
行き過ぎている部分を見つけ出してそこにブレーキをかけてひ休みすると、スッと不安が消えていくはずだ。

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