忘れられたおどり場

2017/05/19

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夢への階段。その途中にあるはずの場所

 願望実現への道が階段だとしたら、その途中には何があるだろう? 階段の途中には、“おどり場”がある。
 夢の実現を思い描くとき、忘れられがちなのはこの“おどり場”の存在だ。
 人生は山あり谷ありという。だが、平坦な何もないように見える時期が実はいちばん長いのだ。
 フィクションでは変化に乏しい平坦な場面は端折られてしまうが、現実では上がりも下がりもしない時期がいちばん長い。
 だがこの時期の過ごし方次第で、その後の成功が決まる。

 引き寄せの法則が魔法のようなものだと誤解されていくうちに、“人生のおどり場”の存在が忘れられてしまっていないだろうか。
 あなたはどうだろう。あなたが思い描く夢の階段の途中には、ちゃんとおどり場があるだろうか?

 思い描いたことがなかなか実現しないと欲求不満が募っていくが、あらかじめ“おどり場”――上がりも下がりもしない、建設的な停滞期――を夢の実現のイメージに盛り込んでおくことで、成果の出ない日々も「実現に向かっている」という実感を持ちながら過ごすことができる。

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なかなか引き寄せられない……その期間がいちばん大事

 夢を持つことは、種を植えるようなもの。芽が出るまでには、目には見えない土の中の時間がある。花が咲くまでには、地味な草の時期がある。

 エジソンが言う「1パーセントの才能と99パーセントの汗」。大抵の人は、99パーセントの汗が見えない。
 ノーベル賞を取るような現代の科学者たちも、天才的なひらめきによって賞を取るような発見をしたのだと誤解されがちだが、実際はそうではない。何年も、何十年も、そして何万回もの失敗を重ねて、その間「できる、見つける」と信じ続けて、達成している。
 
 スポーツ選手もそう。ほんの数分間の競技のために何年もトレーニングを積む。
 音楽もそうだ。どんな分野でも一流になるためには1万時間の練習が必要だというが、ほんの数分の曲のために1万時間以上かけている。
 画家もそう。1本の正確な線を引くために何本も線を重ねて、その跡は消されてしまって見えない。そして1枚の有名な絵の陰には、人知れない無数の素描や習作がある。

 健康の回復にも停滞期がある。細胞が入れ替わるまでには何ヶ月もかかるので、その間治療の効果が見えない日々が続くこともあるだろう。しかしその期間こそ、健康に向かっているときなのだ。

実際にやる人にしか見えないもの

 実際に何かやり遂げる人には、土を耕し、種をまき、根を伸ばす、そんな時期が必ずある。
 実際にはやらない人には、実や花しか見えない。

 本当に夢を叶える人と、ただの夢追い人で終わる人。その違いは、夢への階段の途中に、変化の見えない停滞期――“おどり場”を想定しているか否か、それだけではないかと思う。
 この“おどり場”の存在こそが、夢をフィクションのような妄想と、リアルな目標の実現のイメージとに分けるものだ。

 そして、願望を実現した後に愛おしく思い出すのは、その停滞期だったりする。
 状況は悪いがあきらめずに、踏ん張り続けた日々の、負けなかった自分を褒めてあげたいような気持ちとか。
 他人にはまったく認められないような状態でも、「これを続ければ、かならずできる」と信じることをひたすら続けて、自己研さんにはげんだ日々の、汗の香りのなつかしさ。
 どうしても手に入れたいもの、実現したいことがあってがんばってきて、いざそれを手に入れたとき、いちばんの宝物となっているものが、“おどり場”で過ごした時期の思い出だったりするのだ。

 花を思い描くときは、その根を。
 嬉し涙を想像するときは、喜びの汗も。
 夢の実現への階段をイメージするときは、おどり場を忘れずに。

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